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2015年6月7日 摂理で宣布された主日の御言葉 [摂理 先生]

ハレルヤ(^^)/
今日は先日2015年6月7日の主日の御言葉を紹介します。

今週、聖三位は「聖霊の御言葉」と言う主題をもって、御言葉を教えてくださいました。

御言葉をとおして、

「よりよくなるためにはどうしたらいいのか?」を教えてくださいました。

たいていの人はある程度は知っています。そうですよね?
でも、確かに知っていることは少ないですよね?

たいていは大雑把に知っているだけです。そんなことありませんか?
知っているふりをしたりしていませんか?
僕はあります。ある分野ではそうだし、やってきていることではそうではないですが・・・

確かに知ってこそ、理解し、そのことに対して、満足にできるのです。

また、片側だけを知るのではなく、両側を見なさい。と

片側だけを見て、判断するのではなく、一対になっているものだから両方を正しく知ってこそ・・・

より良い判断ができるし行なうことができます。

では、その週の御言葉をマンデーより転載します。

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主題「聖霊の御言葉」

[御言葉]
鄭明析牧師

[本 文]
○ヨハネの第一の手紙5章8節
8) 御霊と水と血とである。そして、この三つのものは一致する。
○ヨハネによる福音書14章26節
26) しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。

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ハレルヤ!

永遠でいらっしゃる神様の愛と御子の平安を祈ります。

人が何かを分かる時、
100%はっきり分かってこそ、満足に行ない、次元を上げ、願いを叶え、御心を成します。


大雑把に分かったら、ちゃんと行なえません。
大雑把に、中途半端に分かったことは、分かったことではないので、聖霊の御働きも、火のように起こることができないし、雄大な歴史も成すことができません。

私たちがはっきり分かって行うべきことは、‘つながっているものは一つ’と見て行うことです。

イエス様は「私を見た人は父を見たのに、どうして父を見せなさいというのか」と言いました。
神様が遣わした「イエス様」を見ることが、すなわち「神様」を見ることでした。イエス様の時も「イエス様とつながっている神様」を見ることができなかったので、イエス様を一人の青年としか思わなくて、あれほどにも迫害し殺したのです。

つながっているものは一つです。
<主体>と<主体が遣わした人、対象>は一つだから、つながっているものを一つと見てこそ、次元を上げ、歴史を成します!

また、人間を見ると<霊と肉>が「対」になって人間の形体を完成するように、三位はすべてを「対」で完成されました。

<旧約の二人の証人>は「モーセとエリヤ」だったし、<新約の二人の証人>は「イエスと使徒パウロ」でした。<使徒パウロ>は「三位が立てた新約の使命者」として、イエスが十字架に付けられたことで、霊で伝道されましたが、世の初めから予定された人でした。

イエス様の肉がなくて代わりとなる役割ではなく、歴史を完成するために三位が計画的に創造し育てた人でした。イエスと使徒パウロが、一つの対になって歴史を完成し、成しました。

今日の聖霊の御言葉を聞いて、つながっているものを一つと見ることで、より次元の高い歴史を成していくことを祝福します!

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